ユダヤの「言い伝え」は、本来は律法を解釈して日常生活に適用させるた
めのものでした。しかしユダヤ教の指導者人たちは、「言い伝えに従わずに
汚れた手で食事をしている」と言います。彼らは律法の専門家であるにもか
かわらず、食事をすることよりも汚れた手のままであることを問題にしてい
るのです。しかもその根拠を律法にではなく人間の言い伝えに置いているの
です。本来は律法を解釈するための補助的役目であるはずの言い伝えを律法
と対立するもへと変質させたのです。イザヤが自らの預言書を通して、指摘
していたのもその点でした。どんなに表面を取り繕っても、肝心の心が神さ
まから遠く離れてしまったのでは、それはもはや信仰ではないし、信仰者で
もないのです。イエスさまは8節において、ユダヤの宗教指導者たちを断罪
されました。あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守ってい
る。現実の生活の中で私たちも、イエスさまからこんな叱責をうけるような
言動をしていないとは、誰も言い切れないのではないでしょうか。